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東京地方裁判所 昭和50年(むのイ)292号 決定

被疑者 根本栄夫

主文

本件申立を棄却する。

理由

一、本件申立の趣旨は、

「昭和五〇年四月二三日、東京地方検察庁検察官清沢義雄が、前記被疑事件につき弁護人横田雄一に対してなした、同日中は接見を禁止するとの処分はこれを取消す。

右弁護人は、いつでも自由に右被疑者兼被告人と接見することができる。

との裁判を求めるものであり、右申立の理由は、

「弁護人は先に起訴された兇器準備集合等被告事件について、右根本栄夫の弁護人であるが、本年四月一八日、右根本が殺人等の被疑事件で新たに勾留処分を受けた後の同月二三日午後二時三〇分ごろ、本人の所在する警視庁北沢警察署に赴き、接見を申し入れたところ、担当警察官が清沢検事の指示を仰いでほしいというので、同署内からただちに東京地検の清沢義雄検事に電話をかけ、接見申し入れを行なったが、同検事は次の理由により、同日中の接見は禁止する処分をなした。すなわち、本件のごとく被告人の弁護人としての地位と、同一人の被疑者の弁護人となろうとする者の地位を兼ねる者に対しては、刑訴法三九条三項の指定をすることができると解する、というのである。

そして、同日以外の日時に時間を限って指定をなした。しかし右検察官の解釈は、最高裁三小決昭和四一年七月二六日・刑集二〇巻六号七二八頁の趣旨に反する。右決定は、「およそ公訴の提起後は、余罪について捜査の必要がある場合であっても、検察官等は被告事件の弁護人…… に対し、刑訴法三九条三項の指定権を行使しえないものと解すべきである。」と判示している。

また、従来の実務上の取扱い例にも反している。現に右弁護人は右のごとき場合に、これまで自由に接見してきたのである。本件のごとき場合についても、被告人・弁護人の防御権を指定権の行使に優先させるべきことについては、石松竹雄氏(刑事実務ノート三巻、六七頁―七三頁)そのほか多数の学者、実務家の強調しているところである。

よって、申立の趣旨のとおりの裁判を求めるため、準抗告に及んだ。」

というのである。

二、よって検討すると、当裁判所の事実調べの結果(清沢検事に対する電話聴取書、前記被告事件の勾留処分記録等)によれば、前記申立人が申立理由として主張する事実は、これを一応認めることができるほか、本件について次のような事情があることも認めることができる。すなわち、

1、根本栄夫は昨年一二月に発生した高輪ハイツ内ゲバ事件で起訴され、その被告人として勾留中であり、右事件の第一回公判期日は本年五月二一日となっていること。

2、右根本は、右起訴後の本件四月一八日、昨年一月に発生した都内世田谷区での東大生二人殺害の内ゲバ事件の容疑(殺人、兇準等)により、当裁判所で新たに勾留処分を受け、その後現在まで北沢署に身柄を留置し、右容疑につき捜査を受けているもので、申立人が接見に赴いた当時も警察官が取調べ中であったこと。

3、清沢義雄検事は、申立人が本件被疑事件の弁護人としてでなく、弁護人となろうとする者として接見を求めているものと判断し(弁護人選任届は提出されなかった)前記被告事件の弁護人として、右被告事件について接見を求めていると解しても、その公判期日はかなり先でもあり、別件につき勾留して取調べ中の本日、どうしても接見しなければならぬ必要性はないと考え、明日午前八時半から九時半の間に二〇分間であれば接見指定をしましよう、と申立人に応答したが、申立人はこれに納得せず、本日中の接見は拒否ですねと念を押して交渉は終ったものであること。

以上のとおりである。

そこで考えるに、本件は被告人の弁護人の接見交通権と、同一被告人が別件被疑者として勾留され、捜査官の取べを受けている場合の、捜査の必要による接見指定権行使とが衝突する場合であり、そのいずれを優先させるべきかの判断の問題に帰するわけであるが、

当裁判所としては次のように判断するのが相当であると考える。

1、本件のように、先行被告事件による勾留と、後行被疑事件による勾留が競合している場合には、後行被疑事件についての捜査の必要性は強度となっていることでもあり、検察官としては当該被疑事件について、捜査のため必要があると認めるときは、刑訴法三九条三項による接見に関する指定処分をすることは可能であり、申立人引用の最高裁決定(千葉大チフス菌事件の特別抗告に関するもの)は、すでに起訴された被告人について、余罪について新たに逮捕、勾留することなく、先行の勾留を利用して余罪取調べを行なっていた場合に関するものであって、本件のように余罪についても勾留されている場合にまで妥当するものとは解釈できない。

2、そして、被告人の弁護人としての接見交通権と、同一人を被疑者とする別件被疑事件(当該被疑事実につき勾留中の)についての、捜査官側の捜査方法の必要による接見指定権行使との衝突の場合の優劣については、それぞれの側についてのその必要性の強弱いかんによってこれを判定すべきであるが、本件においては、前記認定したような経過と事情のもとにおいては、弁護人の被告事件についての接見交通権を優先させることは首肯しがたく、検察官の接見指定権行使の方がより必要性が大きく、これを優先させるのが妥当である。

3、また、前記清沢検事のとった具体的処分が、諸般の事情に照らし、著しく不当な処分であると認めることもできず(翌日午前中二〇分間ならば指定しますと応対していることからしてもそうである。)申立人の申立理由として主張するところは、結局においてこれに賛同することはできない。

よって、本件申立は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 和田保)

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